suisuisuizoo

プラバンアクセサリーづくりと、日常の様子をせっせと。

ハローワークのカウンターを隔てて。

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ハローワークに行ってきた。

カウンターを隔てて、仕事のある人、ない人で色分けされている感じがする。

彼らの憂鬱とか、不安とか、寂しさが、心なしかフロア全体を暗くしているんじゃないかしら。

こんなところで、一生のお仕事なんて見つかることはないと理解してるつもりでも、

仕事が見つからなかったら、自分はだめな人間なんじゃないかという

この部屋の誰かが抱いてる感情に惹き込まれそうになる。

明らかに、これはわたしの感情じゃないと思ってるんだけど、

気を抜いたら、足を引っ張られそう。

だめ人間かどうかで考えたら、仕事があるかどうかで人間のだめ具合を判断するなんて、ほとんど無意味に近いと思う。仕事があろうがなかろうが、だめ人間はだめ人間だし、いい人間はいい人間だし、だめもいいもそんな評価の基準をもはやどこに置いていいのわからないのだから、いいとかだめとかの二元論は最初から存在しない、みんな人間という存在以上、それ以下も存在しないのだよと思うのだけど。

カウンターを隔てて座るハロワのおじさんの目は、二元論を突きつけてくる。

その三白眼と覇気のない声で、なんの葛藤もなく伝わってくる二元論の悲しみがわたしを飲み込まんばかりのエネルギーでもって、迫ってくる。

そういうことを静かに観察し、受け流して、

紹介状をもらって、ハローワークを後にした。